こんな本読んだ - 『「兵士」になれなかった三島由紀夫』(杉山隆男)

「兵士」になれなかった三島由紀夫

「兵士」になれなかった三島由紀夫

著者は、『兵士に聞け (新潮文庫)』から自衛隊の現場を15年近く追いつづけているノンフィクション作家・杉山隆男氏。
三島由紀夫が自決する2年前から接点のあった自衛隊
厳しい訓練の時間をともにした元教官、同僚に取材して三島の自衛隊での素顔を伝えます。

「私は弱かったんです」

終始興味深かったのは、稀代の作家と呼ばれた三島由紀夫が苦楽をともにしていた自衛官に対してはところどころで本音を漏らしているところでした。
「レンジャー訓練」では、40mの沢を渡るロープ訓練に挑戦するも、真ん中を過ぎたあたりであえなく三島は宙づりに。教官の手で救出を受けたときに悔しさをにじませるように。

「駄目だッ」「情けない」
まわりには福岡*1意外誰もいない。そのことを承知していたのか、三島は、きらめく名声とあふれるばかりの才能に彩られたふだんは決して人目にさらすことはなかったであろう姿を福岡の前で見せていた。
第一章 忍 54頁

レンジャー訓練の同級生に対して。

「体も精神的にもね、私は弱かったんです、と。」(略)「はっきり言っていましたね、そういう劣等感を持っていた、と」
同級生が学徒出陣で戦場に赴いたり、知人が特攻に志願して行く中で自分は「志願できなかった」ことの屈辱感の行きつく先が、戦後、一心不乱に名手自らの体と心を鍛えようとしたことだったのではないか--。
第三章 絆 135頁

三島が自決する1970年、民兵組織「楯の会」が自衛隊から独り立ちするのを祝う宴で。

「組織を作るのは簡単だけれども、維持するのはむずかしい」
むろん組織とは「楯の会」のことである。
第三章 絆 155頁

自決直前、最後まで親交のあった兵士とタクシーの車中で交わした最後のことば。

二人を乗せたハイヤーは、「ああ、ここで訓練しましたね」と福岡が口に出して言おうかどうか迷っている間に、ロープ訓練が行われたわさび沢をあっけなく通り過ぎていた。(略)
三島がぽつんと言った。
「あなたはほんとうに現実的ですね。」
これまでの福岡とのやりとりの中でも、いつも結論を急ごうとしてきた三島らしい。何の前置きもない、唐突な言葉だったが、福岡には、そのひと言に三島がどんな思いを込めているかわかるような気がしていた。
「それは何か協力してくれという意味だな、と思いました」
第三章 絆 173頁

1970年の三島事件*2が起きたときはまだ生まれていなかった自分にとって、この本は「歴史上の人物」だった三島由紀夫を「作家」の三島由紀夫に揺り戻すきっかけを与えてくれたようです。
こんど、実家に置いてきた文庫本を読み返してみようと思いました。

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//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20070821/p1">:本書で描かれた三島由紀夫自衛隊での知られざるエピソードを、同じ時代の空気を吸った立場から紹介されています。

*1:レンジャー訓練の教官の名前

*2:三島事件 - Wikipedia