ブログの閉鎖を受け入れる – そっと見送るように

かつては足繁く通っていたサイトが閉鎖されていたり、プライベートモードになっていたことを知ったとき。
ブログを読む習慣を身につけて間もない頃に比べると、受け止め方もずいぶん変わってきたことに気づきました。

個人サイトは、そもそもはかないもの

思ったこと・考えたことをウェブに載せても差し障りのない形で、どこまで表に出すことができるだろうか。
サイトを続けることに真摯であればあるほど、自分の一部を切り出す場面に際して、伝えることと守ることの間で葛藤することは避けられない。
逆に、手軽に更新できてしまうブログだと、それが広く読まれうることを意識する前に思いを流してしまったり、あるいは顔の見えないウェブだからこそ、見知らぬ誰かにメッセージをいつか拾ってもらえることを夢見て、リアルではとてもではないが口にできない本音をつい漏らしてしまうといったことも、ないとはいえないだろう。
それだけに、とりわけ個人の意思だけで切り盛りされるサイトはその人自身の考えや取り巻く事情の影響を直接受けやすく、ふとした節目をきっかけにテキストが突然消えてしまう場面に出くわすのも、新しい記事に出会うのと同じくらい、またありふれた光景のように思える。
だとするならば、読み返したくなるような文章に幸運にも触れることができたのは、たまたまそのブログと近い場所に自分が居合わせたからにすぎないのだろうし、それはそのときに読まれ、必要であれば自分の中に取り込んで根付かせておかなければいけない、そういうものだったのかもしれない。
もちろん、失われるのを惜しむ気持ちがないと言えば嘘になるし、できることならもう少し長い間、思いがけない気づきをその場に通うたびに重ねていたかったとは思う。
だが、一瞬ではあれそのブログから発せられる匂いに惹きつけられたそのときから、その歩みを緩やかにするのも止めてしまうのも、定めるのはそのブログの中の人自身だということも、またわかっていた。

そっと見送るように

更新を止めた旨記したメッセージに目を通したあと、ブックマークを手繰りこれまで読んできた記事を一覧、記憶に残るエントリーページを掘り返す。
文章から立ち上がってきたその人に微かに心を揺らせたときを思い起こしながら、リストに手をつける前にそっとつぶやいてみる。
「お疲れさまでした。また、どこかで会えればいいですね。」

関連する記事

気になるサイトが閉鎖されたときに覚えた感情を書き留めた記事を書き出してみます。

ブログの閉鎖に立ち会うとき - 忘却防止。
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/hatayasan/20060706/p1">Bookmark:閉鎖を惜しんで、RSSリーダーのキャッシュから欠片をかき集めて、もうそこにはない記事をブックマークしたとき。2006年7月。
ブログの閉鎖で感じる虚無感 - 忘却防止。
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/hatayasan/20060826/p3">Bookmark:はてブのエントリーページでそのブログ在りし日の賑わいを思い起こそうとしたとき。2006年8月。
関心以上、好意未満 - 気になるサイトが消えたとき - 忘却防止。
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/hatayasan/20071107/p1">:突然の閉鎖に驚くあまり、サイトの中の人になぜ閉じたのか訊いてみたくなったとき。2007年11月。

ブログの閉鎖や削除に関して、過去に読んだ記事などを掘り起こしてみます。

http://d.hatena.ne.jp/ululun/20060702/Weblog060702
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/ululun/20060702/Weblog060702">:「自らの手によってその死を宣告する自由を誰が奪う事が出来ると言うのであろうか。」
つながるのも離れるのも偶然で自由のなせるわざだとするならば、せめてその偶然に価値を持たせたくなるのは、読む側のわがままなのだろうか。2006年7月。
ブロガーは死なず。ただ閉鎖するのみ。 - TERRAZINE
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/TERRAZI/20061229/p1">:「基本は「ローカル保存」だ。そうすれば文章そのものが失われることは無い。だが「つながり」を保存することなんて出来やしない。」
文章を手もとに残していたとしても、ブログの閉鎖とともにつながっていた糸は切れてしまうという話。2006年12月。
五年後の目くばせ - 平民新聞
//b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/heimin/20080124/p1">:「自分が今、目の前にしているこのモニターにうつる光景、モニターを前にキーボードを叩いているこの瞬間というのは…わりと儚くて、たよりないもんなんだろうなー、という感じはある。」
ウェブでいつも感じることのできる「場」を持ちつづけることは、思いのほか価値のあることなのかもしれない。2008年1月。