こんな本読んだ - 『山岳遭難の構図 すべての事故には理由がある』

山岳遭難の構図―すべての事故には理由がある

山岳遭難の構図―すべての事故には理由がある

山での遭難事故を減らすためには、経験でなくデータに基づいて対策を検討する必要があるのではないかと提起した本。
興味深かったのは、産業*1の現場で起きている事故の原因と同様、山岳遭難も少なからず「ヒューマンエラー」という人的な要因が引き金で起きているのではないかと説くくだり。少しだけ抜粋してみます。

ヒューマンエラーの分類から

実際は4つに分類されるようですが、興味深いものをいくつか。

  1. 場面の把握
    • 気づかなかった
      • 登山道の状態が変化したことに気づかず、枯れ葉や苔に足をとられて転倒した。
      • 道標が少ないので、道に迷ったことに気づかなかった
  2. 思考の統合
    • 大丈夫だと思った
      • 自分の脳内で「判断」を下してしまう、ヒューマンエラーで最も多いケース。
      • 「大丈夫だと思ったので」石の上に乗ったときに滑った。
      • 「大丈夫だと思ったので」岩登りで支点の強度を確認しなかった。
      • 「大丈夫だと思ったので」道迷いに気づく前の時点で、現在位置の確認をしなかった。

自分自身にも思い当たる節は実はあって、

  • 夜通し運転して現地で仮眠して出発した直後
  • 悪天に襲われ行動を焦り始めたとき
  • 帰宅する時間を気にしはじめるとき

など、普段のペースを乱す要因に向き合わざるを得なくなるとき、「うっかり、つい」と後で言い訳したくなるような場面にはいくつも遭遇してきたような気がします。

ヒューマンエラーを防ぐには

事故そのものを「アクシデント」、事故になりかけたものを「インシデント」と呼ぶとするならば、1件の重大なアクシデントの裏に300件のインシデントが発生していると考える「ハインリッヒの法則」。
ヒヤリハット調査*2」の理論的な根拠に山岳遭難も学ぶべきではないかと説きます。
そのうえで、ヒューマンエラーに対処するにあたって大きく2つの考え方があると述べます。

  1. エラーレジスタント
    • エラーそのものを抑える。事故を未然に防ぐ。
      • 事故防止に必要な考え方、動作、技術を共有する。共通の言語をメンバーで共有する。
      • 遭難対策の訓練、講習会に参加するのは有効な手段かも。
      • 安全性・信頼性の高い登山用具をあらかじめ揃えておくのもありか。
  2. エラートレラント
    • エラーが発生しても影響を最小限に抑える。エラーが発生することを前提とする。
      • ある程度のインシデントを見越して余裕を持った計画を立てることなど。
      • ライミングで「落ちる」ことを前提に、ビレイ(確保)の技術に習熟することも、広義のエラートレラントの考え方かも。

自然の懐深く入ろう、自然にもっと親しもうとする欲求が強くなるほどに「進む」よりも「退く」決断を下すほうがむしろ難しいと最近感じるようになりました。
身体が震えるような場面、あるいはこれ以上深入りすることがためらわれるような場面に向き合うとき「立ち向かって、実力をつける」か「潔く退却する」か、判断する基準がどこにあるか、自分自身はっきりとしたものを持っているわけではありません。
リアルと理想の狭間で逡巡しつつ、おそらくこれからもずっと悩み続けていくのでしょうが、自分の足下*3を冷静に観る「勇気」のようなものはいつも持ち続けていたい、と自戒を込めて思いました。

関連する情報

「ヒューマンエラー」に関する過去の人気エントリーを漁ってみました。

*1:医療、鉄道、原子力発電など

*2:製造業、医療、航空産業で多用されている事故調査。作業中に思わずヒヤリとしたり、ハッとする典型的なヒューマンエラーの経験を集め、事故調査に生かしていこうとする手法のこと。

*3:実力ともいう。